【前回までのあらすじ】
5年目薬剤師の榮倉奈々は、友人の本仮屋ユイカの恋の相談を受ける。
先日異動してきた課長が素敵であると。
後日、榮倉奈々が服薬指導に病室を訪れると、患者さんはその課長であった。
起立性低血圧で入院したのだが、カルテには原因は不明と記入されていた。
しかし、榮倉奈々が椎名桔平と話をする中で、
原因は薬の相互作用である事を突き止める。
その夜、本仮屋ユイカにその話をすべて話し、帰ろうとしたところ
板谷由夏と齋藤工がホテル街から出てくるのを見てしまう。

 

〜第2話〜
秘密の話をするときは、決まって当直室だ。
薬剤課の当直室は薬局と隣接しており、他に漏れ伝わる心配がない。
本日当直の榮倉奈々は当直業務が一段落した後、残業で残っていた板屋由夏を当直室に呼び出した。
「せーんぱいっ!昨日見ちゃいましたよ〜」
「えっ?見たって、何を見たの?」
「昨日男の人と、夜遅くに2人で歩いてたでしょ。」
「えぇっ!どうして知ってるの?」
「あれって、病院の近くのドラッグストアの薬剤師さんでしょ?私見ちゃったんですよ。2回も。ドラッグストアで楽しく話してるのと、昨日の夜2人で歩いてるの。先輩、あれ彼氏ですか?」
「ちっ、違うわよ。」
「じゃあ、誰なんですか?」
「あの人、斎藤工はね、前この病院で働いてたの。前はね、DI業務も2人でやってた時があってね。それは、私が体調を崩すときがあるから、薬局長が気をきかせて、1人フォローを入れてくれたの。ほら、昔、私、生理の時死にそうになってたって話したでしょ?今は薬飲んでるから、その時に比べてかなり楽になったんだけど、それでも、半日は寝込む事もあるくらい。当時はタバコも吸ってたし。タバコ吸ってルナベル飲むってありえないじゃない?」
「血栓のリスクが上がるって事ですか?」
「そう。私、旅行も好きだから、それで飛行機乗ったりしたら、血栓できちゃうじゃない。絶対禁煙できないと思ったんだけど、頑張ってタバコをやめて、薬を飲むようにしたの。そしたら、今までなんで薬飲まなかったのかってくらい、楽になったわ。あっ、その話じゃなかったわね。」
「その話ももう少し詳しく聞きたいんですけど、今は、その、斎藤工さんの話を。」
「そうね。話を戻すと、そのDI業務のフォローが斎藤工だったの。彼は、とてもできる子だった。彼は筑波大附属駒場からの千葉大薬学部だから、頭はもともと良いのよ。それに加えて、外部の対応もそつなくこなして、言うことなかったわ。最初はあまりに出来過ぎるから、悔しかったけど、途中からはもうそんな気持ちも起こらなくなってた。一度、いじわるしてみたことがあったの。何も教えずに新しい仕事を任せてみたの。それは、DIニュースの作成。奈々も知ってると思うけど、DIニュースって、新薬の情報や、ブルーレターやイエローレター、その他、処方で気をつけて欲しい事とかを院内に流すものよ。もちろん最初は出来ないんだけど、その仕事を一生懸命やろうとしてたし、わからないところも私に上手い事聞きだして、最終的には、私がやるよりも上手にできてたわ。それくらい、凄い子だったの。」
「そんな人が、どうして辞めちゃったんですか?もしかして、先輩がいじめ過ぎて辞めちゃったとか?」
「そんなわけないじゃない。いじわるしたのは、その時だけ。その時に気づいたのよ。私には敵わないって。それ以降は、彼の事は普通のスタッフより、大事にしたわ。こんな優秀な部下を離したくないじゃない。」
「じゃあ、どうして辞めちゃったんですか?」
「それはね、ちょっとした事件があったからなの。」
「奈々、『ガンナオルマブ』っていう抗ガン剤って知ってる?」
「それって確か私が入社した頃に採用した薬ですよね。」
「そう、奈々の時は本採用なんだけど、一度患者限定で採用した事があるの。その患者さんが、齋藤工のお母さんでね。
当時、ガンナオルマブはファイザーが欧米で発売して、膵癌に使う抗がん剤の中でもずば抜けた効果があるってことで、すごく話題になっていたわ。でも、どうしても日本ではドラッグラグがあって、すぐには使えなかったの。ついに日本で承認が降りて使えるようになった。それと同じタイミングで、齋藤工のお母さんが膵癌でわかったの。齋藤工はその抗がん剤の効果は知っていたから、どうしてもお母さんに使いたかったんでしょうね。主治医にも、上の先生にも、何度も掛け合って採用をお願いしたわ。
奈々、やくしんって知ってる?」
「薬で湿疹が出来る事ですか?」
「そっちじゃないわ。薬事審議委員会。薬の採用を決定する委員会よ。出席するのは院長をはじめ、各部の部長。部長同士って仲良くないし、メーカーとの関係もあったり,様々な利害関係があるから、会議は結構カオスで、1つの薬を採用するのはすごく大変なの。それに薬の採用では、きちんとエビデンスを提出しなきゃいけなくて、特にうちの病院は抗がん剤については保守的で厳しくてね。論文は2本以上必要だし、そのうちの1つが基本的には国内のものでなくてはいけないというルールがうちにはあるの。もちろん、国内のデータがまだ出ていない時はアジア圏のデータで代用する事はあるけど、現在ではほぼ必須なのよ。齋藤工は『ガンナオルマブ』を採用したいために、すべて自分でやったわ。もちろん普段は採用する医者の仕事なんだけどね。薬剤師ではできないところは、主治医を説得して、採用申請書を書いてもらったり、サインをもらったりもしたわ。結局、薬剤師がどんなに頑張っても、処方するのは医者。医者のサインが無いとダメなものも多いの。それに、その時は日本で申請が通ったばかりだったから、国内のデータは無かった。だから、海外論文を2本そろえて薬審の準備をしてたの。でも、薬審の1週間前に、新しい論文が出たわ。それは、アジア人には効果が薄くて、副作用が出る可能性があるというものだった。ある遺伝子がそれに関与していると示唆はされたけど、それを一般の人に検査してから投与するまでの仕組みなんて当時はできてなかった。今でこそ、その遺伝子を調べる方法はあるけど、その時すぐに調べる事はやっぱり無理だったの。齋藤工はもちろんその論文を読んで知っていたと思う。でも、薬審にはその論文は提出しなかった。うちの病院は抗がん剤に超詳しい先生がたくさんいるじゃない?
ヤクザ医師こと、遠藤憲一先生がその論文の事につっこんだわ。」

 

「日本ではエビデンスがない。アジア人には効果が薄く、副作用も発現する可能性も示唆されている。その論文をどうして出さなかった?」
「ヤクザ医師先生、確かにその通りです。論文も読みました。今回のケースはその論文には当てはまらないと考え、提出しませんでした。その理由は・・・」

 

「結局抗がん剤はエビデンス不十分という事で、本採用にはならなかった。
でも、なんとか斎藤工が押し通して患者限定で採用になったの。ほんとに、土下座でもなんでもしそうな勢いだったわ。
患者限定の患者さんは、もちろん齋藤工のお母さん。
採用後、すぐに入院してもらって使ったわ。
どうなったと思う?」
「効いて、欲しいです・・・。」
「最初は確かに効いたわ。でも、副作用も出てしまった。抗がん剤は1クールで中止。3ヶ月後には亡くなったわ。
それ以来、ガンナオルマブはしばらく採用される事はなかったし、採用しようとする人もでなかった。その後、効果と副作用を確認する検査方法も確立されて、効く人、副作用が出る人、はっきりわかるよになってからようやく採用になった。」
「齋藤さんはどうしたのですか?」
「齋藤工といえば、その後何も言わず、退社しちゃった。男らしいというか、説明不足というか…。その時は責任を取ったつもりなのかなぁって思っていたわ。でもね最近わかったんだけど、彼、そういうつもりじゃなかったみたいなの。あっ、いけない!こんな事をしている場合じゃなかった!彼の所にいかなきゃ!」
「え〜、先輩やっぱり付き合ってるんじゃないんですか?」
「付き合っては、・・・。ない!じゃあ、榮倉話の続きはまた明日!」

話の良い所で行ってしまった・・・。
また明日続きを聞こうっと。

翌日
「榮倉おはよ!今日飲みにいこうよ」
「ぜひ!この前の話の続ききかせてください!」
「いいよ〜。今日は最後まで話しちゃうよ。じゃあ、仕事終わったらメールする。Barアポテカで!」

夜、Barアポテカ
「それで、どこまで話したっけ?」
「彼がうちの病院を辞めてからです。」
「そう、彼はやめてドラッグストアに勤めだしたの。」
「榮倉も知ってるでしょ?うちの近所の。」
「はい。あのマツモトヤマキヨタロウですよね?」
「でも、なんでマツモトヤマキヨタロウで働いたんだと思う?」
「仕事に疲れちゃったとか、ですか?」
「私も最初そうだと思ったの。病院の仕事って責任が多いじゃない?それにお母さんの件で責任を感じてたのかなーとおもってたんだけどね。でも、そうじゃなかったの。ドラッグストアに務めたのはお金を稼ぎたいからなんだって。私も最近まで知らなくて、昨日彼に教えてもらったの。病院辞めてから、なんか彼には近寄りづらくなっちゃってさ。でも、ドラッグストアはのぞいてたから、いるのは確認してたんだけど、最近あまり見かけなくなって。この前、当直開けの日には、思い切って入ってみたら、ちょうど彼がいて、今度飲みにいきませんか?って誘われちゃった。もちろん、断る理由もないから受けたけど、その時にね、すべてを教えてもらったの。」

 

「齋藤君、どうしてあの時抗がん剤が効くと思ったの?あの時の事(生理中で死にそうだったから)あまり覚えていなくて」
「もちろん、アジア人には効果が薄いというのは知っていました。でも母は、混血なんです。もともと母は日系のアメリカ人なんです。僕のおばあちゃんがアメリカ人でおじいちゃんが日本人で。」
「アメリカ人の血に賭けたのね」
「はい。母にはもう少しだけ長く生きていて欲しかったんです。以前、大学院時代に投稿した論文が雑誌に掲載される所だったんです。それだけでも観てもらいたくて。」
「論文?そんな話してなかったじゃない」
「正式に決まったら、板屋さんにも話そうと思っていたんです。掲載は決まったんですけど、それは母が亡くなった後でした。
実はその論文、抗がん剤の副作用に関する論文なんです。TS-1の副作用と遺伝子について。遺伝子はほぼ突き止めて、副作用が発現する人、効果が高い人、それは遺伝子検査でわかるという内容の論文でした。でも、その論文が掲載される直前に母が癌だとわかりました。自分の今までの研究は認めて欲しかったのですけど、それよりも母の命が僕にとっては大切だったんです。薬の効果は分かっていたので、効果がでる可能性があるのなら、薬を使いたかったのです。抗がん剤は効果はでました。でも、副作用も出ました。母は混血だったので、効果がでる遺伝子と副作用がでる遺伝子の両方を持っていた、という事になります。もしかしたら、アメリカ人の血が強くて、効果がでる遺伝子しか持ってなくて、副作用がでなければいいなぁって思ってたのですけど
そう上手くはいかないものですね。結局論文の名前は全部削除してもらいました。僕の3年間の研究は水の泡ですが、それ以上にギャンブルみたいな事をしている自分がこんな論文を出す資格はないなって。」
「そう・・・。」
「やめたのもその責任から?」
「責任は感じています。でも、一番責任を感じているのは母に対してです。母は自分を信じて抗がん剤治療を受けてくれた。
その結果、副作用がでてしまい、辛い思いをさせてしまった・・・。でも、病院を辞めた一番の理由はお金を稼ぐためです。
病院って給料安いじゃないですか。少しでも高いドラッグストアに勤めればお金が溜まるかなって思って。」
「でも、どうしてお金を稼ぐ必要があるの?」
「それは、奨学金を返したいのと、アメリカへ行くためです。最初は母の育ったアメリカで働きたいと思って、お金を貯めていたんです。奨学金も借りてたから、日本を出る前に先に返しておきたくて。その間、いろいろ探してたら、アメリカのベンチャー起業で、癌ワクチンの研究をしてる所があるんです。そこに応募したら受かっちゃって。そこに行く事にしました。癌を治すより、予防できればそれに勝るものはありません。」
「そっか。それでいつから行くの?」
「今月末です。実は今回食事に誘ったのも板谷さんにはお礼を言いたくて。本当にお世話になりました。」

 

「それで、先輩。その後はどうしたんですか?ほら、ホテル街からでてきたじゃないですか?」
「あれ?情けない話なんだけどさ、私から誘ったの。こっちのほうが近道だからって。」
「先輩積極的〜」
「でも、歩いているときに『私の事尊敬してた』とか、言われて、その後ずっと感謝の言葉。そんな事されtら、そのまま、駅まで来ちゃうわよ。」
「何もなかったんですね…。」
「なーんにもね。結局彼にとって私は良い先輩だったわけ。ずっと尊敬してたなんて言われたら、このまま良い先輩でいなきゃって思うじゃない。ちょっと期待したり、それとなく誘ってた事も恥ずかしくなっちゃたわよ。そういうあなたはどうなのよ!」
「実は、私、今度袴田さんと勉強会行くことになりました!」
「えっ、マジ⁉︎いつの間に」
「この間、薬を借りにいく時に、誘われちゃって…。今週末行ってきます!」
「その勉強会私も行こうかしら。金曜日?」
「土曜日の半日の勉強会です。先輩も来れます?」
「あっ、その日、斎藤工が旅立つ日なんだ。」
「そっか…。先輩頑張って下さいね!」
「頑張るって、あなたこそ頑張りなさいよ。」

次回予告
第3話
旅立つ斎藤工を見送る板谷由夏。
最後に自分の思いを伝えるべきかか迷っていた。
榮倉奈々は勉強会で妻夫木聡と親密になり、食事に行く約束に。
勉強会の後に行ったパンケーキ屋にて前に入店した客が急変する。
いったい何が起きたのか!?
乞うご期待!
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